このコラムは、特許業務法人 信友国際特許事務所 所長 角田芳末が
知財関連のトピックに関連して書き記したものです
 
特許審査と特許になる発明(「研究開発リーダー」2008年5月号に掲載)2008(平成20)年10月19日
 

1.知的財産と保護制度

  人はさまざまな創作活動をしています。家庭の主婦であれば、新しい料理のレシピを考えるでしょうし、お医者さんであれば新しい治療法や治療器具を考えることもあるでしょう。物を製造する企業にとっては、競合他社に優る新しい商品を作り出さなければなりません。サービス業なら、消費者が満足してくれる新サービスを考えることに相当時間を費やすことでしょう。
  企業にとって、新しいアイデアを出してくれる研究者や開発者は、とても貴重な存在です。企業が成長発展していくか、衰退してしまうかは、新技術やサービスの開発にかかっているといっても過言ではありません。
  この新技術や新サービスとして考案されたものが知的財産です。知的財産は、最初は人の頭の中に発生します。それが、次第に具体的なものとして現れてきます。言うまでもなく知的財産は、技術のみにとどまりません。企業の名称は商号として保護される知的財産ですし、商品やサービスに付与される会社のロゴなどは、商標として保護される知的財産です。
  また、消費者は商品のデザインで商品を選択することがあります。さまざまな商品がそのデザインにより、大ヒットになったり、余り売れなかったりすることはよくあることです。デザインは意匠権として保護されます。
   知的財産には、形がありません。だから、これを独占して所有するためには、秘密にして他人の目に触れないようにするか、何らかの所定の手続をして、その無形の財産(無体財産とも言われる)が自分のものであることを公に示す必要があります。
  これらの知的財産を保護するための法律が知的財産法(特許法、意匠法、商標法、著作権法等)です。

2.発明の保護と特許審査

 (1)発明の誕生と保護
   これらの知的財産の中で、技術的な創作が、特許として保護される発明なのです。それでは、発明はどのようにして生まれるのでしょうか。発明が生まれるにはその背景となる技術があります。何か実験をやっていたら、偶然に面白いものが見つかったというケースもないわけではないでしょうが、それも普段から、その人が問題意識をもって行動していることに、原因があるからだ思います。
  発明が生まれる場合、現在の技術では、満たされない何かがあるからです。「必要は発明の母」といいますが、現状に満足している状態では発明は生まれません。現状には満足できない何らかの問題点があるからこそ、その問題を何とか解決したいという、強い欲求が出てきます。この欲求が新たな発明を生み出す原動力となるのです。

(2)特許審査

   特許法は、言うまでもなく発明を保護するための法律です。出願された発明を法律に基づいて保護するかどうかの判断が、特許審査になります。特許審査では保護するかどうかの判断基準が問題になります。特許庁は「特許・実用新案審査基準」というのを作り、これを公表していますが、この審査基準を具体的かつ個別な事例に適用するのは、そう簡単ではありません。そこには、必ず判断のグレーゾーン(迷う部分)が存在するのです。
   どんな発明を保護し、どんな発明を保護しないかは、特許制度の根幹にかかわるものです。審査の結果は、本来、人(審査官)によって「ばらつき」があってはいけないものです。審査基準は、そのための審査の共通指針です。
   保護されるべき発明が、保護されないのでは、個人の利益を奪うことになりますし、逆に、保護すべきでない発明を保護してしまったら、第三者に対して不当な不利益をもたらすことになります。
  いわば、個人の利益と公共の利益(第三者の利益)とのバランスで保護される発明と保護されない発明が決まるということになります。特許の審査も、この点を踏まえて行っていかなければならないと思います。

 
 
 


 
 
 
 

3.明細書と特許請求の範囲
(1)明細書には何を書くか  
  特許法は、特許出願の際に、自分の発明を公開することを義務付けています。すなわち、出願人は、どのような新技術を公開したのか、つまり世の中の人々が知らない技術を、本当に最初に公開したか否かが問われます。既に知られている技術を特許出願して公開したとしても、社会に役立ちません。したがって、このような技術に特許が付与されることはありません。仮に特許になった場合でも、そのような特許の審査は誤りであったことになり、特許権そのものに無効理由が発生します。
  どのような技術を発明したのかを公に示す部分が明細書と図面です。明細書には、先ず、その発明の属する技術分野と背景となる技術が記載されます。そして、従来の技術の問題点あるいは不都合な点が示されるのです。この不都合な点を解決することが、発明の課題となります。発明の課題は、その発明をするに至った理由であり、発明の目的に当たるものです。
   続いて、発明の目的を達成するためにどのような装置や方法を考案したかが、発明の課題解決手段として記載されます。この発明の課題解決手段が後述する特許請求の範囲(「クレーム」ともいいます。)に記載される発明、つまり発明者が保護を求める範囲と対応しています。
  明細書の中心的な部分には、発明を実施するための形態として、実施例が記載され、通常、図面に基づいて説明されます。この実施例は、必ずしも一つの例に限られません。広くて強い権利の特許を取るためには、その権利(クレーム)をサポートするための多くの実施例が必要になるのです。
  有効かつ強力な権利を取るためには、面倒なことかもしれませんが、出願時に考えられる限りの実施例を記載しておくことが肝要です。

(2)特許請求の範囲には何を書くか
   次に、特許請求の範囲(クレーム)について説明します、クレームには、出願人が権利として独占したい範囲、つまり出願人が保護を求める範囲が記載されることになります。この特許請求の範囲を作成する際には、明細書と図面に開示した内容とバランスが取れているように記載することが必要です。
  例えば、明細書中には一つの実施例(具体的な装置など)しか記載していないのに、クレームには開示した実施例以上の相当広い範囲を含むような場合が多く見られます。ほとんどの明細書がそうなっているといっても良いかもしれません。
  これでは、出願人が社会に対して新技術として提供する情報と、出願人が権利として独占権を主張する範囲とのアンバランスが生じてしまいます。
   特許請求の範囲は、あくまでも出願人が記載するものです。特許法は、特許請求の範囲の記載は「出願人が自己の発明を特定するために必要と認める事項の全て」を記載することとしています。つまり、「発明を特定するために必要な事項」(これを「発明特定事項」といいます。)を全て書くように規定されています。
  以前の法律(平成5年以前)では、特許請求の範囲には「発明の構成に欠くことのできない事項のみ」を記載することとされていましたが、表現は変わっても、内容は変わっていないというのが一般的な見方です。つまり、発明の課題を達成するために必要な構成の全てを記載するということです。この必要な構成が記載されていない場合は、「発明が不明確である」という理由で拒絶になるおそれがあります。

 
 
 


 
 
 
 

4.特許審査の内容

   私は、特許の審査の重要な役割として、特許請求の範囲の記載と明細書の記載のアンバランス、つまり、開示内容が狭いのに、特許請求の範囲のみやたらに広いというアンバランスを正常なバランスに戻すことがあるのではないかと思っています。これを、図1に基づいて詳しく説明しましょう。
   特許の審査は、大まかにいうと、2つに分けられます。一つは、明細書(図面も含む)と特許請求の範囲が、法律で定められたとおりに記載されているかどうかです。これを「明細書の記載要件」の審査といいます。
   もう一つは、特許請求の範囲に記載された発明が、その発明の出願前に世の中に知られたものであるかどうか、あるいは、既に世の中に知られているものから、その発明と同じ技術分野の専門家が容易に発明できたものであるかどうかということです。これは、記載要件の審査に対して、「特許要件」の審査といわれます。
(1)明細書の記載要件の審査
   明細書あるいは特許請求の範囲の記載不備にも、2種類あります。明細書としての体をなしていないものや、日本語が拙劣で何を書いているのか、わからないといった類の明細書です。技術用語の使い方が明細書とクレームで統一が取れていないとか、上位概念で記載されたクレームの用語が、明細書中の何に対応しているのか不明であるような場合も、記載不備に該当します。
   このような明細書は、審査官にとって評判が良くないことはいうまでもありません。手に負えないのです。審査官の立場からすると、「やってられない」、「審査官は明細書の直し屋ではないよ」ということになります。

  だから、人によっては「明細書の記載が全体的に不備であり、本願発明がどのような課題をどのような手段で達成したのかを、全く理解できない。」といった拒絶理由通知が来てしまいます。これは、審査官が怒っているというメッセージでもあり、こんな拒絶理由をもらってしまったら、弁理士として恥ずかしいことです。 もう一つの記載不備は、特許請求の範囲で保護を求めている発明と明細書及び図面に開示された発明(新技術)とのバランスが取れていないものです。ほとんどの記載不備の拒絶理由はこのケースが多いと思われますが、これについて、図1に基づいて説明しましょう。この記載不備に対する拒絶理由は特許法の条文(36条)をとって、「36条拒絶」といいます。
   この記載不備の拒絶理由通知は、図に示した3つのケースが主なものです。一つは、特許請求の範囲の記載が広い概念で記載されており、明細書及び図面に開示した発明以上のものを含んでいる場合です。この拒絶理由通知は、特許法第36条6項1号に基づいており、「サポート要件」違反として、最近、多く使われるようになっています。
   二つ目は、特許請求の範囲(クレーム)の記載が明確でないというものです。これは、特許法第36条6項2号に規定されているものです。この拒絶理由通知では、例えば、発明の課題を達成するための構成(上述の「発明特定事項」)としては、A、B、Cが必要であるのに、特許請求の範囲にはAとBしか書いていないというような場合が当てはまります。
  もちろん、このようなケースだけではなく、特許請求の範囲の記載の用語の意味が不明であるとか、明細書に記載した用語と対応が取れていないといった、拒絶理由もこの「発明の不明確」に当たります。

  
 
 
 


 
 
 
 

   三つ目が、特許請求の範囲に記載された発明が、明細書中に実施できるように記載されていないというものです。
  特許請求の範囲(クレーム)自体は、文言上明確に理解できる場合であっても、その発明をどうしたら実施できるのか、が明細書と図面を見てもわからないといった場合です。
  つまり、明細書には、クレームに記載された発明を、具体的に噛み砕いて、その発明の実施をすることができるように、説明しなければならないのに、実際には説明が不十分である場合があります。中には、クレームの言葉をそのまま使っているもの、要するにクレームの言葉の繰り返し(オーム返し)のような明細書も見受けられます。
   出願人によっては、「余り明細書中に書きすぎてしまうと、技術が全て公開されて真似されてしまうから、開示はできるだけグレーにしておいて、・・・」という人もいるようですが、これは、特許法的には許されません。先ほど来、申し上げている公開された新技術の範囲で、保護を求める権利が請求できるということを忘れてしまっています。
   良い権利を取るためには、その権利(クレームの記載)に見合った詳細な説明を明細書中に記載しなければいけないのです。その発明の属する技術分野の通常の知識を有している人(これを「当業者」といいます。)が、その発明の実施をすることができる程度に、明細書と図面に開示することが求められています。
   これは、特許制度を利用する人の義務であり、約束事(ルール)なのです。このルールを守れない人は、特許という権利をとる資格がないといってもよいでしょう。

2)特許要件の審査(新規性、進歩性の判断を中心として)
   次に、特許要件の審査について説明します。『明細書中に新技術が開示され、その公開が、社会に貢献するものであれば、特許として独占権を認められる、』というのが特許制度の趣旨でした。
   しかし、発明者あるいは出願人が新技術であると思っても、実際には出願前に知られている発明であったり、既に知られている発明から当業者が簡単に思いつくような発明であったりすることは、しばしば起こりうることです。
(2−1)新規性
   審査の仕事のほとんどは、この先行技術を見つけ出すことなのです。「出願に係る発明を拒絶するのに、長い説明はいらない。そのものずばりの先行技術があればよい。」と、ある特許庁の先輩が言っていましたが、確かにその通りだと思います。
   図1で示したような、技術の開示範囲をはるかに超える広いクレームですと、公知技術を含んでしまう場合がままあります。クレームは権利主張ができる範囲ですから、クレームの中に出願前に知られている(つまり公知の)技術が含まれてしまうことは、許されません。当然のことながら、新規性がない発明であるとして拒絶されます。これが特許法第29条第1項第1〜3号の拒絶理由です。
   それでは、「新規性がない」とはどういうことでしょうか。通常、発明は「不特定多数の人に知られ得る状態に置かれる」と、新規性がなくなります。例えば、ある学生の学位論文の複製物が、大学の図書館に納入されたとしましょう。
  このような場合には、図書館に入った時点で、新規性が失われます。なぜなら、大学の図書館は一般の人に開放していますし、だれでも入館してそこにある本や雑誌を見ることができるからです。実際に見た人がいたかどうかには関係ありません。
   特許法は、新規性がなくなるケースを3つに分けています。それが、29条第1項1号から3号です。それぞれについて説明するのは長くなるので、やめておきますが、特に申し上げておきたいのは、2号の「出願前、公然と実施された発明」です。

 
 
 


 
 
 
 

これは1号の「出願前、公然知られた発明」(公知)に対して、「公用発明」といわれます。
   公然実施の典型は、製品の販売です。ある発明を含む製品が販売され、その一日後に出願された場合でも、出願前に公然実施された発明になりますから、特許になりません。特許法は、その意味で本当に厳しい制度なのです。ゆめゆめ、販売後に出願するような愚挙は慎んでください。ただ、新規性が失われたかどうかの判断は、時刻単位で行われます。
  例えば、午前中に出願が終了し、午後からその特許出願にかかる製品が販売された場合には新規性が失われません。
   通常、新規性がなくなった発明であるとして、拒絶理由が来るケースのほとんどは、その技術内容が、出願前公表された刊行物に記載されているという理由です。
  これが特許法第29条第1項第3号違反の拒絶理由通知です。その特許出願前に、国内、国外を問わず、世界中のどこかの国の刊行物に記載された発明であれば、特許になりません。アラビア語でも、スワヒリ語でも関係ありません。
   平成12年1月1日以降の出願については、法律が変わり、電気通信回線(インターネット)で利用可能になった発明も新規性がないとされるようになりました。世界の誰かがインターネットで発信し、それにアクセスすれば誰でも見られるようになった技術は、特許になりません。これも、実際に誰かが見たという実績は必要ないのです。不特定多数の人が見られる状態に置かれたという事実が新規性の喪失になります。

(2−2)進歩性
   次に、「進歩性」について説明しましょう。特許法で発明を保護する(独占権を与える)のは、その発明を積極的に社会に公開させ、それを第三者に利用させることに、社会の利益があるとしているからです。独占は「私益」ですが、その利用は「公益」です。
  いわば、公益と私益のバランス行政が特許行政なのです。したがって、公開することによって社会に利益をもたらさない発明は、保護する価値がない発明ということになります。
   特許法は、新規な発明であっても、公開により社会に利益をもたらさない発明は、「進歩性」がないという理由で拒絶します。特許法第29条2項は、進歩性がない発明を「その発明の技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が前項各号に記載された発明に基づいて容易に発明できた発明」と定義し、このような発明には、特許を与えないことにしています。
  つまり、技術の進歩に貢献しない発明は保護しないことにしているのです。前項各号に記載された発明とは、29条第1項第1〜3号に規定される新規性がなくなった発明であることを意味しております。
   さて、ここで、実は、「その発明に属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)」が曲者です。この当業者は特許法第36条第4項(明細書の記載を、当業者が実施できる程度に記載しなければならないという規定)でも出てきた言葉ですが、特許法第29条第2項で規定する当業者は、更に技術レベルの高い技術者を想定しているように思えます。
   特許法第29条第2項は、その発明が容易にできたかどうかは、当業者が判断すると規定しています。それでは、審査官は当業者でしょうか。少なくとも、審査官は当業者の立場で、発明を理解し、審査することになっています。

 
 
 


 
 
 
 

  特許庁の審査基準では、当業者とは、「@出願時の技術常識を有している、A研究開発のための通常の技術的手段を用いることができる、B材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できる、Cかつ、出願時の技術水準にあるものを自らの知識とできる者」を想定しています。
   これは、すごい技術者です。考えようによっては、何でも知っている、ありとあらゆる知識を有している技術者とうつるかも知れません。この当業者はあくまでも、擬制した言葉です。
  「擬制」とは、例えば、法律などで「そのようにみなす」ということです。判断する人(当業者)がいなければ、進歩性の判断ができませんから、特許法は進歩性の有無を判断する人は、「これこれこういう人だ」と決めたのです。実際には審査基準で定義したことになりますが。 さて、次に、進歩性の判断はどのようになされるかをお話しましょう。図2は、「特許判例百選(第三版)18」(有斐閣)に弁護士の大野聖二氏が解説しているのを、私が図式化したものです。進歩性の判断に関する大野弁護士の考え方が私の考えと同じでしたので、借用させていただきました。 進歩性の判断の前提になる発明は、特許請求の範囲の請求項に記載された発明です。通常、請求項は複数ありますので、それぞれの請求項に記載された発明について、個別に進歩性の判断がなされることになります。

   先ず、請求項に係る発明(「本願発明」といいます。)を認定します。これを「本願発明の要旨認定」といいます。通常、請求項は一つの文で書かれますので、発明の構成を明確にするために、項分け記載をします。分けて説明することから、このように項分けすることを「分説」といいます。
  分説することにより、発明の構成要件が明確に把握できますので、進歩性の判断の際に引用される発明とどこが違うのか比較的容易にわかります(ステップS1)。
   次に、先行技術を調査した結果、本願発明にもっとも近い先行技術発明を認定します。通常は、本願発明に関係する技術が記載されている何らかの技術文献が見つかります。この先行技術文献としては、既に公開された特許公報もあるでしょうし、学会誌や雑誌に掲載された論文、記事などもあります。
   進歩性の判断においては、数ある先行技術文献の中で、本願発明ともっとも近いと思われる一つの先行技術文献が選ばれます。これを「引用例1」としましょう。
   そして、「引用例1」に記載されている発明は、どのような発明なのかを認定します。このとき、ただ闇雲に認定するのではなく、分説した本願発明の構成要件に照らして、認定するというのが鉄則です。これを引用発明(引用例に記載された発明なので「引用発明」といいます。)の事実認定といいます(ステップS2)。難しい言葉ですが、法律的には「要件事実の認定」といいます。

  
 
 
 


 
 
 
 

 ここで、本願発明の構成要件が、「A+B+C」(A,B,Cは分説された「発明特定事項(構成要件)」です。)であるとします。そして引用発明が「A+B」であるとしましょう。つまり、そのように本願発明の要旨認定と引用発明の事実認定がなされたと仮定します。
   次の段階は、本願発明と引用発明の一致点、相違点の認定です。本願発明と引用発明の構成要件に異なることがない場合には、両者に相違点はないのですから、同一発明です。同一発明であれば、新規性がないわけですから、進歩性の判断をする必要がありませんし、むしろ進歩性の判断はできないことになります。「同一」のものを「容易」というには論理的に無理があるからです。
   進歩性の判断は、通常、新規性がある発明について、なされますから、ここでは本願発明と第一引用発明との間に相違点がある場合に限ってお話します。上述の例で言えば、本願発明と引用発明の一致点は「A+B」であり、相違点は「本願発明は構成要件Cを備えているのに対して、引用発明は構成要件Cを備えていない」ということになります。
   この一致点と相違点の判断は、進歩性の判断の基礎となりますから、特許をとろうとする側にとっても、拒絶をしようとする側にとっても、極めて重要です(ステップS3)。
   例えば、一致点の認定の際に、「引用発明の○○という言葉は、本願発明の△△に相当するから、両者は・・・の点で一致し」という判断がなされるときがあります。通常は、認定どおりの場合が多いと思いますが、時折、「引用発明の○○」は「本願発明の△△」に相当しないのではないかと思われる場合があります。 このような場合は、この一致点の事実認定自体が争点になります。

当然のことながら、特許を受けようとする側は、進歩性の判断以前に、事実認定の誤りを主張することになります。 ここでは、本願発明の要旨認定も正しく、引用発明の事実認定も正しいと仮定して先に進みます。一致点と相違点の判断が終わると、次は、相違点に関係する技術が、他の引用文献に記載ないしは示唆されているかどうか、が判断されます。上述例で言えば、本願発明の構成要件Cに関連する技術が、引用例1以外の他の先行技術文献に記載されているかどうかです(ステップS4)。
   例えば、構成要件Cに関連する、つまり近い技術C´が、他の先行技術文献2の中に開示されていたとしましょう(ステップS4のYes)。例えば、構成要件C´が他の技術の一部として記載されている、つまり(α+C´)という形で記載されていたとします。
  この(α+C´)は、先行技術文献2に記載されている発明なので、引用発明2とします。次の段階では、引用発明1(A+B)と引用発明2(α+C´)を組み合わせることにより、当業者が本願発明(A+B+C)に容易に到達できたかどうかが判断されます(ステップS5)。
   この判断が特許審査の中の最も難しい部分であり、かつ審査官が悩む部分でもあります。当然のことながら、特許にするか拒絶するかどうかの判断には、グレーゾーンがあります。
  それでは、どのような条件が整えば、引用発明1(A+B)と引用発明2(α+C´)に基づいて本願発明(A+B+C)に到達できるのでしょうか。 本願発明というよりは、本願発明に近い(A+B+C´)に到達できるかどうかです。
  つまり、引用発明1と引用発明2を組み合わせて本願発明に近い発明(A+B+C´)に到達できる「論理付け」ができるかどうかです。

 
 
 


 
 
 
 

  特許庁の審査基準では、「論理づけ」は種々の観点、広範な観点から行うことが可能であるとしています。特に、上述のような組み合わせに関しては、引用発明の内容に(本願発明に到達するような)「動機付け」となり得るものがあるかどうか、が判断の分かれ目になります。
   審査基準では、「動議付け」が可能となる理由として4つのことが挙げられています。第一は、引用発明同士の技術分野が関連しているかどうかです。これを「技術分野の関連性」といいます。全く異なる技術分野の技術を組み合わせることは、当業者といえども、容易にできることではありません。
  例えば、自動車のエンジンの開発をしている技術者が、たまたま電気売り場で全自動洗濯機の革新的な技術を見つけたとしましょう。この技術を自動車に取り入れたら、今まで悩んでいた自動車エンジンの問題解決になるとひらめいたとします。これは立派な発明です。誰でも考え付くものではありません。
  この技術者は常日頃、現在研究している自動車エンジンの問題が頭の中の潜在意識の中にあったのです。それがうまく洗濯機の技術と結びついて発明に至ったのですから、当業者なら誰でも容易に考えられるものではありません。
   これが、洗濯機の技術ではなく、同じ自動車に関する文献に記載されている技術だったらどうでしょうか。自動車に関係する技術者であれば、当然そのような文献に触れる機会はあるはずです。
  審査基準では、技術分野の関連性について、以下のように記載しています。「発明の課題解決のために、関連する技術分野の技術手段の適用を試みることは、当業者の通常の創作能力の発揮である。」つまり、引用発明1と引用発明2が関連する技術分野のものであれば、当業者が結びつけることができるといっているわけです。

  二番目が、本願発明と引用発明との間、あるいは引用発明同士の間で発明の課題が類似しているかどうかです。これを「課題の共通性」といいます。「課題」とは発明の「目的」に当たる部分です。
  つまり、本願発明は従来のどのような問題を解決しようとしているのかが、発明の目的であり課題です。
   審査基準では、「課題が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けて請求項に係る発明(本願発明)に導かれたことの有力な根拠となる」と述べています。
  「引用発明を適用したり結び付けて」の部分がわかりにくいかもしれませんが、要するに、課題が共通している場合には、複数の引用発明を結びつけて本願発明の構成に容易に到達することの有力な根拠となると、言っているわけです。逆に、課題が共通していないものは、他に「動機付け」がなければ結び付けてはいけないということを言っていると考えられます。
   「動機付け」の第三は、「作用・機能の共通性」です。審査基準では、「請求項に係る発明の発明特定事項と引用発明の発明特定事項との間で、作用、機能が共通することや、引用発明特定事項どうしの作用、機能が共通することは、当業者が引用発明を適用したり結び付けたりして請求項に係る発明に導かれたことの有力な証拠となる。」と述べています。「請求項に係る発明」は今審査をしている本願発明のことです。「発明特定事項」というのは発明を構成する要素(構成要件)のことです。
   上述例で言えば、引用発明2の構成要件C´が本願発明(A+B+C)の構成要件Cと、全く作用や機能が異なるとしたら、そのような引用発明2を引用発明1(A+B)と結び付けてはならないと、言っているのです。当然といえば当然の規定です。引用文献2に記載されている発明の構成要件C´の作用あるいは機能とは、異なる作用・機能を発明者が見出し、これを引用発明1(A+B)に結び付けて、本願発明(A+B+C)に至ったとすれば、これは新しい発明になるからです。

 
 
 


 
 
 
 

  このような場合、審査をする審査官は、先に発明を理解してから審査をするので、ある意味では、答えを見てから問題を解くことになります。その意味で、特許の審査は、全て「後知恵」になるので、その旨をわきまえて慎重にやらなければなりません。「コロンブスの卵」のように、答えを知ってしまうと、「容易に想到できた」発明であると判断する傾向が強くなってきます。
   動機付けの第四は、「引用文献中の示唆」です。これは、何を言わんとしてるのか、わかりにくいと思います。例えば、引用文献1が電気自動車のエンジンに関する技術文献で、引用文献2が洗濯機のモータに関する技術文献であるような場合を考えます。そして、引用文献2に記載の技術が洗濯機以外のもの(例えば自動車)にも使えるような示唆がある場合です。洗濯機と自動車では製品分野がことなり、その結果、技術の分野も異なると考えられますが、文献中にこのような示唆があると、これをもう一方の文献に記載の技術と組み合わせる積極的な要因、つまり「動機付け」があるとみなされます。
   以上が図2のステップS6の「構成の組み合わせまたは置換が容易か」ということの説明になります。特に、特許庁の審査基準で規定されている四つの「動機付け」について説明しました。
   構成の組み合わせに動機付けが認められますと、「本願発明は、引用発明に基づいて当業者が容易に発明することができた」として通常は拒絶されるのですが、ここで、一見容易に発明できたと思われるものであっても、その発明に予期しない効果がある場合が出てきます。これが図2のステップS7です。
  つまり、構成の組み合わせだけではなく、そこに新たな効果が生まれたかどうかが次の判断材料になるのです。
   特許庁の審査基準では、「引用発明と比較した有利な効果が、技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものであることにより、進歩性が否定されないこともある」と規定されています。有利な効果は進歩性を認めさせる強い見方になるのです。

   ただ、この場合も注意が必要です。あくまでも有利な効果を主張する土俵は明細書の中だけなのです。明細書には全く有利な効果を記載せずに、拒絶理由が来た段階で、その効果を主張しても、審査官はそう簡単には認めてくれません。進歩性を主張できる強い見方となる効果の記載も、出願時の明細書の中にしっかりと書いておくことが必要であると思います。
  一方、発明の効果というものは、発明が完成した時点で、既に備えているものなのだから、出願当初の明細書に記載されていなくとも、後から主張できるという考え方もあります。現実に、出願後に「こんな効果があった」と気がつくことがあるのですが、今の日本の審査では、明細書の記載に基づかない効果を積極的に認める実務にはなっておりません。
   ステップS6で構成の組み合わせが容易にできないという結論になった場合には、審査官は進歩性があると判断し、また、構成の組み合わせが容易であると判断された場合でもステップS7で予期しない顕著な効果があると判断されれば、進歩性があると判断するでしょう。
   以上、進歩性の判断について述べましたが、進歩性があるか否かは、ひとえにどのような先行技術があるかどうかに関係しているということがお分かりいただけたと思います。

3.むすび

   特許審査の内容を説明しつつ特許になる発明を考えてみました。もちろん、ここで説明した拒絶の理由以外にも、拒絶理由はあるのですが、紙面の都合もありますので、ここでは省略します。発明が特許になるには、いくつかの関門があることがご理解いただけたと思います。
   企業にとって、知的財産は企業の将来の明暗を決めるほどの重要なものです。これをいかに取得し、そして活用していくかが、企業の将来を左右することになると思います。弁理士として、企業の知的財産権の形成と活用にかかわっていられることに感謝して、日々励んで行きたいと思っております。
(「研究開発リーダー」2008年5月号に掲載)